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  2. 創設者プロフィール・保育園を始めようと思った動機

創設者プロフィール

尾谷啓樹(おだにひろき)プロフィール

 大阪芸術大学ピアノ専攻科を卒業後、関西保育福祉専門学校に入学し、保育士資格・幼稚園教諭免許を取得。
専門学校卒業(2007年)後は幼稚園教諭、保育士として約11年現場を経験。
 保育者としての視野を広げるため上京して保育業務の傍ら子育て支援事業にも従事し、関東を中心に複数の保育園・小学校・老人ホーム等で子育て支援コンサートや育児講座を実施。
 その後、川崎市の認可外保育園で施設長として就任。その翌年には同施設を川崎市認可保育園へ導き、同時に認可保育園の園長として就任。
 保育士の労働環境の快適化には特に注力し運営を工夫して持ち帰り仕事なし・残業ほぼなし・休憩時間キッチリ確保・有給消化率100%を達成し、市より一定の評価を得る。
 2019年4月、出身地である関西で保育事業を通し社会貢献をしたい気持ちから独立し、尼崎市で小規模保育園を開設。
家庭では2歳の男の子と4歳の女の子の育児に奮闘中。

尾谷千香子(おだにちかこ)プロフィール

 関西保育福祉専門学校を卒業(2007年)後、保育士資格・幼稚園教諭免許を取得。
卒業後は尼崎市で保育士として7年、結婚後は神奈川県で1年勤める。
(出産のため退職し現在は2児の母として奮闘中!)
 保育士として働いていた頃から子どもだけでなく、もっと保護者の方や地域に寄り添いたいと考えており、2019年4月にパートナーと共に小規模保育園を開設。
 また、自分自身も子どもをもったことで見えてきた母親の孤独や不安、要望などを解消していける関わりの場として活用していけたらと考えている。

保育園を始めようと思った動機

 私は生涯保育事業に尽力することを決めており、経験を積んでから自身の保育施設を持つことを早くから夢見ておりました。
保育事業者としての視野を広げるべく、様々な地域や保育施設で勤務し、園長として認可保育園をマネジメントする経験をして参りました。
 昨今の報道では、待機児童や保育士の労働環境が社会的かつ深刻な問題となっています。待機児童の解消に関しては、特に認定保育園(認可外)を運営しているときに、保育所に入所できずに苦しむ家庭を現場で多く見て参りました。また、近年核家族化の進行等、地域社会でのコミュニティの繋がりが都市部を中心に弱くなっており、「子どもは社会で育てるもの」という意識が希薄化しています。子どもは経験を蓄積して成長していくものであり、経験の多様性や人とのつながりを体感できる環境を作ることが何より大切であると、保育事業を通して考えるようになりました。このような背景から、ふるさとである関西の地で社会貢献をしたいと考えるようになり、特に思い入れのある尼崎市で妻と保育園の開設を決意しました。
 保育士の労働環境については、これまでの経験上、報道通りの実態がうかがえる施設もあったように思います。
子どもは健全な家庭環境の下でのびのび育ちます。保育園でも同じことが言え、健全な労働環境と健全な職員人間関係の下で子どもは安心して過ごすことができます。そこで私は働き方改革について真剣に取り組み、働きやすい職場・職員の定着・ご利用家庭から安心していただける運営を実現し、行政からも評価されるようになりました。そして、人材の採用と職員指導管理を私自身がワンストップで行うことで、職員同士の調和を保ち、風通しを良くして職場にアットホームな雰囲気をつくることができました。
管理職の意識次第で、保育職員の快適な職場環境は実現できます。これらの整備は、保護者の方に安心してご利用いただき、これから先の将来を背負う子ども達が心身共に健やかに育つために欠かせないものです。
また、自身も子どもをもつ親として、保育園利用家庭の皆様に保護者視点で寄り添う保育を心がけております。
 私たちのこれまでの経験が、「地域の第二の家庭」として尼崎市に根を下ろせるようお約束致します。これからはなお一層、人と社会の関係の中で、親と子が自分を見つめ、ともに育つ、家族みんなの笑顔と元気を支援する場でありたいと考えております。

創業への道のり

保育園の開設にあたっては、10年の長期計画を立てて進めて参りました。
専門学校を卒業して最初に幼稚園に就職したときから、「いつか絶対に自分の園をつくりたい」という思いを持つようになりました。
目標達成のため、まず最初に取り組んだことは、『保育者としての視野を広げる!』ことです。
具体的には、10年くらいなるべく多くの地域(務めた地域は、兵庫県・愛知県・大阪府・鳥取県・神奈川県)や保育施設(務めた施設は幼稚園・保育園)で勤務経験を積み、保育総合力を高め、業界の理解を深めていくことに専念しました。
ある程度の経験を積んだら、今度はマネジメント力を付けるため、従業員という立場ではありますが保育園の園長職に挑戦しました。
最初に園長となった保育園は当時いわゆる“認可外保育園”でしたが、これまで全国を渡り歩いて培ってきた経験を生かし、同施設を一年後に“認可保育園”へ導くことに成功しました。
保育施設の認可化は、もともとある施設こそ変わらないものの、事業種別が変わるため一から保育事業所を設立するような労力を伴い、相応の知識と経験も求められます。この成功体験が自信となり、保育士である妻を巻き込んでいよいよ独立して自分で認可保育園を立ち上げる決心をしました。



以下Face bookより引用
(尼崎市から保育事業者選定を受けた時の投稿)

実は、来年から関西に帰ることになりました。
関西人は結局関西が大好きなので、いつかは!と考えていましたが、関東で修業した以上、錦を纏わないと関西には帰らないと決めていました。
しかし、認可保育園のほぼ全権を背負って安定運営できていることは自信を持っていいのではないかと思い、独立のため株式会社を設立しました。
そして尼崎市の公募にエントリーした結果、正式に保育事業者選定を受けて妻と一緒に小規模認可保育園(A型)の開設を目指す運びとなりました。
今の仕事を辞めて独立して飛び込むのは怖いけども、やらないで残る後悔の方が数倍怖いと思ったことと、小規模保育事業への参入が年々厳しくなり、特に僕みたいな新規事業者が参入できるチャンス&門扉を開いてくれる自治体がどんどん減りだしていて「待ったナシ!!」の現状を実感したため「今だ!」と言わんばかりに飛び込んでみました。
例えると、5メートルの高さからコンクリートの地面に飛び降りる勇気を振り絞る感じでしたね。 
保育業界の変革期、平成27年の子ども・子育て支援新制度発足により地域型保育が始まったのは個人的に大事件で、新設株式やNPOにも一層大きく門扉が広げられたことから(賛否はありますが)、これはいずれ自分も経営・設置者サイドで保育事業に参入できるチャンスが来る!と確信し、以来保育情勢の動向を常にマークしつつ所要の準備を開始してたところです。
それと、自分で事業を起こして活躍している人の姿をSNSや身近なところでたくさん見たのも私にとって大きな刺激でした。
「自分もあのフィールドに行きたい・・・」「あの人たちが見てる世界を見てみたい・・・」そんな気持ちが膨らみ、保育園を作りたい気持ちを加速させられたと思います。
なにより、自分で社会貢献の形を考えて、自分で実行していきたい!!と前から強く思ってました。
とは言いつついざ市へ応募して申請書作成に取りかかると、一発目から認可園狙いだったので想像以上に大変でした。法人の立ち上げや定款、就業規則関係等何もかも一から作り始めたため週に一度ペースで関東―関西を往復することになったプラス、申請書を作るだけで相当な費用がかかり、食う・寝る以外は仕事する生活で妻にはスーパーワンオペ育児を強いる生活が続きました。しかも僕みたいな新規事業者のエントリー例は少なく、高い壁を登った先にはさらに高い壁…みたいな感覚で途中でしゃがみ込みたくなることがとにかくたくさんありました。
これを当時現職と両立しながらだったので、ハード・ソフトの観点からファーストプライオリティを明確にし、24時間を最大限有効に使うためアルティメット・テクニカルスキルを発揮する必要性がございました(ヨコモジを使いたかっただけです笑)。
そして多くの困難と選抜審査をくぐり抜けてようやく辿り着いた最終ヒアリング審査では、なんとか審査員の前で事業計画や資金計画の説明、実績のアピール等できましたが、資金・実績共に豊富な強豪法人たちと同じ舞台に立っての選考だったので、自分が選ばれたのは何かの間違いな気もしてましたが、市から正式な事業者選定通知書が届いてようやくフェイクニュースではないことが確認できました。
神奈川県勤務の時に認可外保育園を認可化へ導いた経験は随所で生かせましたが、労力はケタ違いです。
各士業先生方、設計事務所さんをはじめ、奇跡的な素晴らしい出会いをすることができ、難関である連携施設や物件確保でも信じられない奇跡が巻き起こってまさに奇跡の重なりで選定を受けれたと思っています。
小規模保育園なので、子どもや保護者との距離が近い第二の家庭のような、そして地域にしっかり根付いた園にしていこうと思っています。